2017年8月9日

長崎・広島原爆投下72周年によせて


 2017年7月7日金曜日は、核兵器廃絶を目指す運動における、歴史的な日となりました。この日、ニューヨークの国連本部で122か国が参加し、史上初の核兵器禁止条約が採択されたのです。棄権は1か国(シンガポール)、反対は1か国(オランダ)でした。条約は今年9月20日に署名されます。核兵器禁止条約が発効すれば、条約加盟国は核兵器の開発、実験、製造、保有ができなくなり、又、核兵器の使用による脅迫行為、核兵器の自国領土内への配備も禁止されます。ついに核兵器が国際法の下で正式に違法となるのです。生物兵器が45年前、化学兵器が20年前に禁止されたことを考えれば、これはじつに長い道のりでした。

 しかし残念ながら、現在、核兵器を保有する国々は、核兵器禁止条約を締結するための国連における交渉をボイコットしました。そして現時点で唯一の被爆国である日本もまた、政府に対し核兵器禁止条約の支持を求める広島・長崎の両市長、被爆者団体からの度重なる請願を無視し、核兵器禁止条約の採択に欠席しました。まさしく日本政府は、同盟国が保有する核兵器によって、核攻撃を含む日本への武力攻撃が阻止されるという「核の抑止力」論のもと、いわゆる「核の傘」の下で生きるのがより賢明であると判断したことになります。しかしながら、この議論は、万一、不可避な事態において、核兵器使用に関する決定権を担うのが、良識的で、十分な情報を持ち、道徳的に公正な人物であるという仮説のうえに成り立っています。その一方、冷戦中、米国とソビエト連邦の緊張がピークに達した時期には、少なくとも6回、敵国が核ミサイルを発射した、あるいは発射しようとしているというデータや情報の誤った解釈によって、あわや核戦争が勃発しかける事態に陥っているのです。現在、世界には約15000基の核弾頭があり、故意や不注意、あるいは事故によって、その中の数基が核戦争を引き起こしたならば、長期に亘る壊滅的な環境破壊と同時に、計り知れない規模での人類の破滅がもたらされることになります。

 興味深いことに、この歴史的な国連の会合が開かれた場所から遠くない、国連総会のそばに、長崎の聖アグネス像〔※〕が展示されています。この石像は、長崎・浦上天主堂の瓦礫の中でうつぶせに倒れているところを発見されました。浦上天主堂は原爆の爆心地からおよそ500メートルの距離にあり、1945年8月9日、完全に破壊しつくされました。焼け焦げ、斑になった像の背は、核爆発の強烈な熱線と放射線によるものです。その日の核爆発によって目が真っ黒に炭化した、同じ浦上天主堂のマリア像の頭部も、聖アグネス像のそばで見つかっています。このマリア像がSATAファウンデーションのロゴとなったのは偶然ではありません。国連本部に立つ聖アグネスの石像と同じく、長崎のマリア像は人道主義の力強いシンボルです。核兵器のない、科学技術を適正に活用しながら限りある資源を人類の向上のために用い、平和と共に生きる世界を目指すシンボルでもあります。このマリア像は、1996年からユネスコ世界遺産に登録されている広島平和記念館(原爆ドーム)と同じく、国際的認知を得る価値があるという考えに、2万人以上が賛意を示しています。

 これからもSATA Foundationは人道主義と平和の使命を追求していきます。世界平和をサポートするイベントのひとつとして、フランスのシャイイ-シュル-アルマンソンで毎年開催される平和祈念自転車競走は、今年も広島・長崎の原爆投下72周年を記念して2017年7月29日に開催され、過去12年間と同様、約500名のサイクリストが参加する予定です。平和祈念自転車競走による収益はSATA Foundationの理念の遂行に宛てられます。 

 SATA Foundationに対する皆様のご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

 

SATA Foundation
理事長
佐多保彦

 

※聖アグネス像



聖アグネス像
1945年 日本・長崎

この聖アグネスの石像は、浦上天主堂の廃墟の中でうつぶせに倒伏した状態で発見された。浦上天主堂は、日本の長崎で原子爆弾がさく裂した際に、倒壊したローマカソリック教会の大聖堂である。
像の焼け焦げて斑になった背は、核爆発の強烈な熱線と放射線による。
大聖堂は1945年8月9日に投下された原子爆弾の爆心地から500メートルの地点にあった。

 

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